社長

株式会社グリンク 清田英輝|営業代理店から起業へ。歩んだ挑戦の10年

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代表プロフィール

氏名清田 英輝
役職株式会社グリンク 代表取締役社長
生年月日1981年10月22日
出身地京都府 京都市
略歴2004年:京都府内の大学を卒業後、都内の大手通信系営業代理店へ入社
2010年:通信販売事業のコンサルティングおよび営業マネジメントに従事
2014年:東京都港区にて株式会社グリンクを設立、代表取締役に就任
2018年:福祉事業部門を立ち上げ、児童発達支援および放課後等デイサービス事業を開始
2021年:本社を池袋(ダイヤゲート池袋)へ移転し、グループ経営体制を強化

インタビュー

Q:本日は「人と企業の再生」をテーマにお話を伺います。清田社長、よろしくお願いします。

清田英輝: よろしくお願いします。株式会社グリンクの清田英輝と申します。

現在は主に携帯電話の販売やイベント運営を行う営業会社を経営しています。
実は今、私の名前「清田英輝」で検索していただくと、インターネット上にいくつかの記事が出てきます。2〜3年前に少しつまずいたというか、自問自答した時期がありました。ネット社会では何かあるとすぐに拡散され、名前まで特定されてしまう時代です。私の場合も、裁判を含め色々なことが表に出ました。
しかし、現在は裁判もしっかりと執り行い、すべて解決しています。私は「リブランディングマン」という活動の趣旨に共感していますが、自分自身もまさに「再生」の過程にあり、同じように悩む人や企業の力になりたいと考えています。
テキスト

Q:清田社長は、元ジャニーズJr.という非常にキャッチーな経歴をお持ちですね。

清田英輝: そうなんです。12歳から2年ほど活動していました。当時はKAT-TUNさんなど、今では誰もが知るグループのバックダンサーとして、国立代々木競技場での『SUMMARY』といった大きなステージにも立たせていただきました。

Q:華やかな世界から、なぜ別の道へ進まれたのですか?

清田英輝: 14歳の頃ですね。当時は中学生で、遊びに夢中になってしまい、レッスンの招集に応じなくなってしまった時期があったんです。そうしているうちに呼ばれなくなり、気づけば同期のデビューが決まっていました。「もう自分の席はないんだ」と。自分の甘さでチャンスを逃したことに、14歳ながら勝手に挫折してしまったんです。
一度は音楽の学校にも行きましたが、努力せずに諦める癖がついてしまっていました。でも、「このままじゃいけない」と一念発起するきっかけが訪れます。

Q:そこからどのようにしてビジネスの世界へ?

清田英輝: 高校1年生の時、たまたま駅で開いた求人雑誌に「時給1,300円、16歳からOK」という仕事を見つけたんです。電話をしたら、そこは訪問販売の会社でした。
16歳でいきなり飛び込み営業の世界に入ったのですが、これが自分に合っていました。周囲は20歳以上の大人ばかりでしたが、必死に頑張ると周りが褒めてくれる。ジャニーズ時代に居場所をなくした私にとって、「結果を出して褒められる」という経験はとても新鮮で、嬉しかったんです。

Q:24歳で独立されたきっかけは何だったのでしょうか。

清田英輝: 実はある人との論争がきっかけです。当時、東日本大震災などを見て「いつか困っている人を助けるボランティアのような活動がしたい」と夢を語ったんです。すると、ある方から「お前は寄付もしていないし現場にも行っていない。そんなのは偽善だ」と一蹴されました。

さらに「本当に人を助けたいなら、社員1,000人、年商100億くらいの規模の社長になってから言え」と言われたんです。その言葉にものすごく火がついてしまって。「だったら、それだけの会社を作って証明してやる」と。そこから24歳で独立し、現在の株式会社グリンクを立ち上げました。

会社概要

会社名株式会社グリンク
設立2014年2月
従業員数86名(2025年12月時点)
事業内容プロバイダーサービス(G-Link Net)の運営、通信インフラの構築・販売
福祉事業: 児童発達支援・放課後等デイサービス「リノキッズ」の運営、訪問介護サービス
コンサルティング事業: 販売促進支援およびCRMソリューションの提供
主要取引先東日本電信電話株式会社、ソフトバンク株式会社、株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメント、みずほ銀行、りそな銀行
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